【徹底紹介】ラッフルズ上陸記念の地へ行こう!「これだけ知っとけば大丈夫」 [2018年]

イギリスの植民地建設者、スタンフォード・ラッフルズがシンガポールに入植してからはや200年。その間シンガポールは大きく様変わりし、東南アジアの金融の中心地へと発展しました。

今ではすっかり人気の観光名所となった、ラッフルズ像。今回はそんなラッフルズ像が立つ「ラッフルズ上陸記念の地」について紹介していきたいと思います!

ラッフルズ上陸記念の地とは

今では東南アジアの金融の中心地と言われ、物価の高さでも日本を抜いてしまったシンガポール。しかしほんの200年前まではマレーシア南端に位置する小さな漁村にすぎませんでした。

ラッフルズがやって来た!

この人がラッフルズさん

1819年、そんな小さな漁村に歴史的な転機が訪れます。そう、ラッフルズがやって来たのです!当時イギリスは世界政策を掲げ、官民一体となって設立した東インド会社が主にアジアを中心に積極的な入植活動を展開していました。

イギリスの東インド会社

平社員時代から猛烈に努力し、書記官としてペナンへ渡ったあとジャワ島統治を経てシンガポールの地へやって来たラッフルズ(正式名称はサー・トーマス・スタンフォード・ラッフルズ)は、この地を見た瞬間にここをアジア貿易の拠点にしようと決めたとのことです。先見の明がありますね^^

ラッフルズ記念像

そのラッフルズがシンガポールに来た際に最初に降り立ったとされる場所に立つのが、ラッフルズ記念像です。腕を組み、海を眺める白いラッフルズ像は絶好の写真スポット。像の前で写真を撮ろうと、ひっきりなしに観光客がやって来ます。

ガイドの説明を聞く観光客

また、台座にはシンガポールの公用語である4つの言語でラッフルズに関する記述が書かれた碑文プレートがはめられています。シンガポールの4つの公用語、みなさん分かりますか、、、?

そう、

  • 英語
  • 中国語(北京語)
  • マレー語
  • タミル語

の4つですね!
ここもこの像について必ず語られるポイントですので、見逃さないようにしましょう。

4つの公用語で書かれた碑文プレート

この像は1969年にラッフルズ上陸の150周年を記念して立てられたものですが、実はこの場所から少し歩いたヴィクトリア・メモリアルパークの前にその元となった別のラッフルズ像があります。

もう一つのラッフルズ像

こちらは1887年に著名彫刻家トーマス・ウールナーの手によって作られたもので、通称「黒いラッフルズ像(Black Statue of Raffles)」と呼ばれています。

ダンディーですね^^

ラッフルズが開いたシンガポールの歴史

ラッフルズ来訪以前のシンガポール

先ほどラッフルズ上陸前のシンガポールは漁村だったと書きましたが、正確には全くの未開の漁村だったわけではありません。マラッカ海峡の玄関口であるシンガポールには、古くから東西交易の船が寄港し、海賊などが住む港町として栄えてきました。

昔は漁村に過ぎなかったシンガポール

その後、14世紀末にサンスクリット語で「ライオン」を表す「シンガプーラ」という名称が定着し、それが今の呼び名である「シンガポール」になりました。ちなみに何故この地が「ライオン」を表す語に因まれたのかは諸説あり、定かではないのだとか…

シンガポールの象徴「マーライオン」

ポルトガルの来訪とジョホール王国

その後シンガポールはマジャパヒト王国、マラッカ王国と二つの王国に支配され、さらに16世紀になるとポルトガルの侵略を受けるなど、全く自治権を持たないままボロボロの状態に。1641年にマラッカ王国の生き残りジョホールがオランダと協力して王国を建国し、ようやくポルトガルの支配から脱することができました。

因みに、現在のジョホール王がこの方。王国の残りは今でもあるんですね^^

シンガポールの発展

そこに19世紀初頭にやってきたのがラッフルズです。シンガポールの地に貿易港としての可能性を見たラッフルズは、ジョホール王国から正式にシンガポールの地を買取、その後1822〜23年に再訪した際に都市計画を練り、一つの独立国家としての歩みをスタートさせました。

シンガポール建国記念日

また、シンガポールを自由貿易港として宣言し、そのことが貿易の爆発的な発展に繋がりました。インド、中国、オーストラリアの三角貿易の中心地として栄え、また貿易に従事するための多くの奴隷が流入しました。

こうした流れの中で中国からやってきた華僑や、東南アジア各地の系統で安い労働力で働く人たちが根付くようになり、今日の人口構成に繋がっていくことになるのです。

ラッフルズ上陸記念の地への行き方

ラッフルズ上陸記念の地は、MRTのシティホール駅から南へ徒歩7〜8分の所にあります。駅を出て目の前のノースブリッジ・ロード(North Bridge Road)をシンガポール川方面へ向かって歩いていくと左手に見えるはずです。

ラッフルズ上陸記念の地の場所↑

周辺の観光名所

また、ラッフルズ上陸記念の地があるシティホールエリアには、続けて行きたい観光名所がたくさんあります。ざっと列挙するならば、

  • アート・ハウス
  • ビクトリア・シアター&コンサートホール
  • アジア文明博物館
  • エンプレス・プレイス
  • 戦争記念公園
  • マーライオン・パーク
  • チャイムス
  • ラッフルズ・ホテル
  • セント・アンドリュース大聖堂
  • アルメニアン協会
  • シンガポール・アート・ミュージアム
  • プラナカン博物館
  • ミントおもちゃ博物館
  • シンガポール国立博物館
  • フォート・カニング・パーク

といった感じになります。どれも徒歩圏内なので、ラッフルズ像で記念撮影をしたら是非とも次の観光名所へと足を伸ばしてみましょう。それぞれ詳しくは以下の記事で紹介していますのでそちらを参考にして見てください。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、シンガポール建国の父、ラッフルズの上陸記念の地を紹介しました。シンガポール 滞在中に是非、訪れて見てくださいね^^